安倍が吉澤を抱きしめて、彼女へのメッセージを伝え終わった時、会場がざわめき始めた。皆の視線の先には、石川、矢口らに支えられている辻希美の姿があった。
迫り来る別れの悲しみは、彼女をもう一人では立つ事も、歩く事も出来ないくらいの状態にさせていた。
メンバーの手を借りて、安倍の前にやって来た彼女。
しかし、号泣状態の辻のマイクから聞こえるのは、彼女の嗚咽だけ。
「ヒック、ヒック、・・・。」
小さな体でマイクを抱えるように縮こまっているため、さらに小さく見える彼女。
そんな辻をメンバーは励まし、ようやく聞き取れる言葉が出てきた。
「ヒック、ヒック....お..めでとう...だいすき...」
ようやく出てきたのは、形式上の言葉だった。しかし、彼女の本心の言葉が次に出てきた。
「ヒック、ヒック、ヒック......いやだ、いやだ...やだよ〜...。
安倍の自宅のベッドルームには壁沿いに写真が張ってあるという。
その中で彼女が最も気に入っているのが、辻が悪ふざけで安倍の頬にキスをしているツーショットである。
ラジオ番組で辻の事を語る安倍は、とても優しい声になる。
彼女の声からは辻に対する愛情が感じられる。
「ヒック、ヒック...」メッセージを伝え終えた彼女からまだ、嗚咽は続いていた。
そんな辻に安倍は優しい笑顔で歩み寄り、「のの、よし!大丈夫、こっちおいで...。」と、声をかける。
メンバーに支えらている辻を彼女は抱きしめて、その耳元に語りかけた。その光景は、今日のコンサートのベストショットと言われる位、愛にあふれた感動のシーンだった。
安倍から離れた辻を舞台袖で休ませようと判断したスタッフが現れて、肩を組ませて舞台袖に移動しようとした。
しかし、女性であるメンバーが支えられ、動かせた辻の体を男性のスタッフがなかなか思うように動かせていない。よく見ると、辻は足を踏ん張り、ステージから退場させられない様に耐えていた。
彼女は一時でもこの舞台から、安倍のそばから離れたくなかったのだ。
辻が4期メンバーとしてモーニング娘。に入った頃、ハロープロジェクトでは各ユニットの補充作業が行われた。
加護と石川がタンポポに決まり、吉澤がプッチモニ。に決まった。
しかし辻には声がかからなかった。そんな中、辻は落ち込んでしまった。ライバルだった4期メンバーの中で自分だけが活躍の場をあたえられなかった事に。
そんな状況の辻を支えたのが、当時似た境遇にいた安倍なつみだった。
安倍の場合、辻が入る前からユニットで歌う機会がなく寂しい想いをしてきたが、彼女はそれを乗り越えてきた。だから、辻の気持ちが痛いほどわかるため、彼女は辻を支えた。そしていつしかメンバーも公認の仲良しコンビになっていった。
年間通してコンサート活動するモーニング娘。
実家から通う辻にとっても、メンバーと過ごす時間は家族よりも長く、かけがえの無い時間だったに違いない。そして安倍との絆は『甘えん坊』の辻にとっては血の繋がった実のお姉さんより強かったのだ。
辻が動かない事に焦ったスタッフは辻を持ち上げ、抱えてステージ袖まで連れていった。。
そんな辻を会場のファンと、ステージのメンバーは暖かく見送る。

石川梨華は心配そうな表情で見送っていたが、辻が舞台袖に消えると安倍がいる舞台に気持ちを切り替えた。
さっきまで辻の事を心配する余り、ステージに集中していなかった彼女だが、安倍の姿を見た途端涙が溢れてきた。
溢れる涙を拭うことなく、彼女は安倍にメッセージを伝える。
「安倍さん、卒業おめでとうございます。」
モーニング娘。で厳しいお姉さんと言われるのが飯田と矢口。やさしいお姉さんと呼ばれるのが安倍と石川。
石川は今後、安倍が担ってきたモーニング娘。メンバーの母親的存在を受け継いでいく事になるであろう彼女が安倍に贈った言葉は、「いつも笑顔でいられる娘。で居続けて行きます。ありがとうございました。」
これからモーニング娘。の中枢を担っていく決意を安倍に伝える言葉でもあった。
安倍はそんな石川を頼もしく見つめながら言葉を返す。
「ありがとう。」
そして二人は抱き合い、安倍は石川の耳元へメッセージを贈った。

モーニング娘。の中で’友情’という言葉を当てはめるなら、矢口真里と安倍なつみほどピッタリ来る2人はいないだろう。
矢口にとって安倍は親友である。もちろん、安倍にとっても矢口は親友である。2人はプライベートでも親交があり、矢口はよく悩みなどを安倍に打ち明けてきた。
笑顔で送ってやりたいと思っていた矢口だったが、既に悲しみで自分を保っている事が辛い状態であった。そんな中、矢口は懸命に想いを伝える。
「なっち卒業おめでとう。」
矢口の言葉に涙を浮かべながら安倍は明るく答える。
「ありがとう。」
矢口のメッセージは続く。「なっちとの思い出はいっぱいすぎて、なっちがいない楽屋や、なっちのいない曲とか、あんまり考えれないけど、....なっちの愛したモーニング娘。は、カオリとオイラのお姉さんで引っ張っていくから安心してください。」
矢口の頼もしいメッセージを頷きながら聞き、安倍は言葉を返した。
「たのむよ!」と。
そして、友人として安倍を見てきた矢口ならではの言葉で、メッセージを締めくくる。
「一人で悩み事があったら、まわりに...支えてくれるたくさんのファンの人や....応援してくれる皆や、モーニング娘。のメンバーがいる事を忘れないで下さい!」
その言葉を安倍は受け止めて、「ありがとう!」と言葉をかけた。そして小さな矢口の体を抱きしめて、彼女の耳元に矢口だけのメッセージを伝えた。
友情と言う言葉があるのなら、この2人にそれは当てはまる。
この瞬間、2人の友情は永遠のものになったのだから....。

       15話 最終回へ続く。

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